東京都軽音連の軌跡 第12回

高等学校における軽音楽活動の健全な向上発展と、加盟校が相互の親睦を図ることを目的に2007年の11月に発足。2009年には、東京都高等学校文化連盟に軽音楽部門として認可を受ける。現在、加盟校数は116校、所属部員数は約5,800名を数える大きな組織へと発展。生徒たちが演奏技術や芸術性を競うことはもとより、マナーやルールを守ること、親睦を深めることなど、学校教育の一環としての軽音楽活動の推進に主眼を置いている。活動内容、加盟校、沿革などは連盟公式ホームページに掲載。

http://www.tokyo-keion.com/


前回は、高校生を対象とした民間の大会が増えてきている中、加盟校部員たちは、本連盟が主催する公式大会での受賞こそがステータスであると感じていることを書きました。教育活動の一環と位置付けて運営している連盟の大会が、多くの生徒や顧問の先生方に受け入れられたことは、大変喜ばしいことです。

この原稿を書いているのは、夏の大会の真っ最中です。夏の大会、すなわち東京都高等学校軽音楽コンテストは今年で10回目を迎え、節目の大会となりました。これまで連盟の黎明期から現在に至るまでのさまざまな出来事や、連盟の考え方などをご紹介してきましたが、今回は生徒の演奏技術の進化について書きたいと思います。

2008年に開催した第1回大会のエントリー数は、31校84バンドと、現在の半分にも満たない規模でした。予選音源審査を通った21バンドが決勝大会に出場しましたが、予選、決勝とも各バンドの技術に大きな差があり、審査の行方を占うのはそう難しくありませんでした。この傾向は何年か続き、特に予選音源審査では、明らかにリズムがあっていないバンド、チューニングの甘いバンド、自己満足の域を出ないバンドなども少なくありませんでした。それでも、自分たちの思いが伝わってくるものが多く、役員として音源審査の運営に立ち会う度に、心を動かされたことを覚えています。

その後、連盟の大会が定着していくにつれ、公式大会への出場を活動の目標にする学校が増えてきました。また学校間のつながりができ、生徒たちは合同ライブなどを通して、学校の垣根を越えて互いに切磋琢磨するようになりました。エントリーするバンドの演奏技術が飛躍的に高まり、オリジナル曲の比率が圧倒的に多くなってきたのもこの時期です。「ウチの学校はコピーばかりで、オリジナル曲をつくるのは夢の夢」、と言っていた学校も、しっかりオリジナル曲を揃えてくるようになりました。新しい顧問の先生も、当時連盟が開催していた指導者講習会や、自ら培った人脈を通して力をつけていきました。

夏の大会のエントリー数は年々増え、2011年度から準決勝スタジオライブ審査を決勝の前に行うようになりました。当時は予選を突破した48バンドが準決勝に臨みましたが、その後さらにエントリー数が増え、各バンドの演奏技術や楽曲のクオリティも上がってきたため、2014年度からは準決勝に進出できるバンド数を60に増やしました。

今年の夏の大会には68校178バンドのエントリーがありました。現在、決勝大会の直前ですが、ここまでに感じたことをいくつかご紹介します。まず、予選音源審査で約1/3に絞られるのですが、この段階ですでに激戦が繰り広げられていました。2〜3年前でしたら簡単に通りそうな音源でも、今はそうはいきません。どのバンドも演奏技術、楽曲、音質のいずれもすばらしく、軽音楽について熱心に勉強している印象を受けました。そして予選から多くのバンドが当落線上にいると感じました。少しでも首をかしげたくなる部分があるバンドは、予選の段階で落とされてしまうほどのレベルです。昨今、役員の間では、「審査員の先生がひとり代われば、結果も変わる」という話がよくでますが、予選からまさにそのようなハイレベルな争いが繰り広げられていました。

また、提出音源の音質が全体的に飛躍的によくなってきました。高品質なデジタル機器が安価で購入できる時代になったことがその要因に挙げられますが、それを使いこなす技術と耳とセンスを、多くの学校の部員たちが身につけてきたのだと感じました。その努力や向上心を大いに称えたいと思いました。

難関を突破して準決勝に勝ち進んだバンドは、目の前で審査員の先生が見つめる中、物おじせず、しっかり自分をアピールしていました。この審査は付け焼刃は通用せず、決勝に進出するためには、一人ひとりの演奏技術、バンドとしての一体感、バンドの持つ世界観、楽曲のよさ、アレンジのよさ、出音(エフェクトの使い方を含む各楽器の音質)のよさ、そして楽曲のコンセプトや説得力など、すべてが備わっている必要があります。

決勝大会では、狭き門を勝ち進んできた21バンドがどのような演奏をするのか、楽しみでなりません。いずれにせよ、10年の節目を迎え、手前味噌かもしれませんが、東京の大会のレベルはここまできたか、と改めて感心しています。

ところで、初期の頃の大会を改めて振り返ってみると、全体を平均した技術力は現在と比べものになりませんが、オリジナリティーという意味では、各校の違いがとても鮮明でした。ステージから伝わってくる生徒たちの思いもさまざまで、そこから音楽の多様性や、生徒たちの無限の可能性を感じたことを覚えています。各校が目標とする共通の大会が存在していたなかったこと、学校間の横のつながりがなかったこと、つまり各校がいわゆるガラパゴス状態であったことが、その原因だったのでしょう。現在は、大会や合同ライブを通して「あのバンドのようになりたい」とか「あのバンドのような曲をつくろう」のように、軽音楽部でがんばっている同じ高校生の見本が身近に存在します。そのことが演奏技術や楽曲のクオリティをあげるきっかけとなっているので、とてもよいことですが、ともすると画一性を生む結果をもたらしているかもしれません。他校の模倣や、指導法の伝承から、似たようなバンドが 生まれていることが見てとれるからです。子どもたちの音楽活動を支えていく立場として、加盟校部員たちの進化の過程と現況を、常に頭の片隅おきながら、 多彩な文化が開花できる連盟運営を、心がけていきたいと感じています。

大会パンフレットには過去の決勝大会の出場バンドがすべて掲載されている。これは過去に大会に出場した卒業生たちの誇りであり、顧問もうれしく振り返ることができる貴重な資料である


東京都高等学校軽音楽連盟 委員長 成女高等学校 LM-CLUB顧問

佐々木弘人

連盟の設立に携わり、現在委員長を務める。LM-CLUB(軽音楽部)では、すべてのパートの指導にあたり、作詞・作曲・アレンジ・音楽理論も教える。部の公式HPには活動の様子や大会での成績が掲載されているほか、200曲近くにのぼる歴代のオリジナル曲が紹介され、一部試聴もできる。http://lm-club.com/

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