これからの軽音楽部はクリエイティブなことも懐深く取り込んでいくべき

自校の取り組みや活動理念、事例発表などを軽音楽部の顧問の先生からの投稿やインタビューにて紹介します。(2021/4/顧問通信 VOL.34掲載)

これからの軽音楽部はクリエイティブなことも懐深く取り込んでいくべき

【大阪府】大阪府立金剛高等学校 軽音楽部 顧問 早田和正

27年の長きに渡り、高等学校軽音楽部連盟大阪を率いてこられた早田先生が、今年度で連盟長を退任されます。連盟の運営委員や大阪城音楽堂で行われている全国大会の実行委員長は引き続き務められるということで、連盟のこれまでの歩みや、軽音楽部という部活動の未来についてお話を伺いました。インタビューさせていただいたのは3月末。開花が近い桜の蕾と共に、来年度への希望も膨らみます。

他校の顧問とつながりたかった

ー まずは、連盟長27年間、お疲れ様でした。

ありがとうございます。1993年から準備を始めて、翌1994年の4月に高等学校軽音楽連盟大阪が発足しましたので、丸27年経ちました。まさかこんなに長く続くとは思っていませんでしたね。自分の性格からして途中で投げ出すと思ってましたし、面白半分みたいなところもありましたから。

ー 全国的に見てもかなり早い動きですね。

大阪に軽音楽部の顧問なんて他にいるんか?と思っていましたが、他の学校の顧問の先生方とつながりたかったんです。孤軍奮闘している感じだったので、どうやったら軽音楽部をまとめていけるのかとかを話せる知り合いが欲しくて。当時はインターネットもなかったので郵便を出して、13名の方と連絡が取れるようになりました。でも、仲間ができて音楽の話ができるようになって良かった…と満足していたらそこで終わっていたと思います。周りから「こんなことやってみたらどうか」とアドバイスをいただいたり、「会場を提供しますよ」といったありがたいお話をもらえたので、その流れに乗っかっているうちに辞めるタイミングもなく…。面白くなってきたということもありますが、いつの間にか20数年経ってました。

ー 困難だったことってありましたか。

一番大変だったのは、最初にサポートしてくれていた音楽専門学校の体制が変わって、3年間借りていた会場を年間通して使えなくなってしまった時です。春の「Hight School Live」ができなくなって困りました。でもそこで、1つのチャンネルだけではなく複数持っておくことが大事なんだと学びました。それと、今後こういった不意の事態があっても、しばらくの間はしのげるように財政をしっかりしておいた方が良いんだな、ということに気がつきました。大変でしたが、あのままだったら連盟の主体性がなくなっていたかもしれないので、今は良いきっかけになったと思っています。

二重構造、外部交渉は一任

ー それ以降は順風満帆にこられたんですか。

そんなことはないです! 組織としては順調に進んできたように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私個人としては「舵取り」として順風満帆ではなかったですね。いろいろな学校や団体が様々な企画を持ち込んでこられたりするので、協力関係を始めては終わるって感じでした。皆さん理想を語っていただけるんですが、やはり私たちは学校教育の中で教育者としての立場で軽音楽部に関わっていますので、相容れない部分が出てきます。細かい問題をその都度処理し、それでもダメなら関係を解消する…といった舵取りはすごく大変でした。

ー 連盟内部に困難なことはなかったのですか。

内部はなかったですね。特に、芸文連(大阪府高等学校芸術文化連盟)に部会ができるまでは、単なる任意団体でサークル活動みたいな吹けば飛ぶような存在っだったので、いつでもやめられる感じでしたし、無理なくできていたと思います。部会ができて以降も、入退会も自由ですし、加盟費も取ってないので、単に情報が欲しいから加盟しているという学校もあります。その中で、積極的にイベントに関わりたいという先生は運営委員になっていただく、という二重構造な感じです。それに、外部との交渉が連盟長に一任されているっていうことも大きかったかもしれません。それは、私も楽なんです。1つひとつ運営委員会にお伺いをたてなくても良く、私の自由度も高かったので。それが大阪のやり方だったんですけれども、運営委員会はどちらかというと意思決定機関というよりは、イベントを動かす実動部隊ですね。でも、登録だけしておいて欲しいという学校も大事な存在です。ちょうど、30年前の早田のように運営に困っている先生方の情報ツールとして機能している連盟でありたいですね。いろいろな使い方をしていただければ良いと思います。

▲コロナ禍がもたらしたニュー・ローマルの1つ。リモートでインタビュー

新しいことを始めるチャンス

ー 連盟創設当時と考え方が変わったことは。

かつては大阪、関西のことぐらいしか頭にありませんでした。他県の連盟とのバランスや関係などを考えるようになったのは、ここ10年ぐらいでしょうか。ただ、大阪の顧問の先生方の活性化というか、なり手を増やすというか、音楽の経験がなくても生徒が頑張っているなら顧問になろうかと思ってくれた先生が、失望せずにやりがいがある部活動だなと思ってもらえるような場所を整備する、という意味では変わってませんね。私立と比べると、公立では長期的に部活動の成長計画を立てることが難しいですし、残念ながら現在の教育現場では部活動の実績はあまり評価されません。そんな中で、軽音楽部の顧問に生きがいを感じて一生懸命やってくれる先生は本当に貴重です。

ー 退任の時期はいつ決められましたか。

定年が令和元年度なので、そのタイミングで退任するつもりでした。再任用にはなっていたのですが、次の世代に譲るべきだと思ってました。軽音楽部は新しいもの、時代の鑑のようなものを扱う部活動なので、古い人間がいつまでも仕切っていると新しい感覚が出てこないだろうと。本当は、令和2年度に久谷先生(大阪府立桜塚高等学校軽音楽部顧問)に新連盟長に就任してもらうつもりだったのですが、コロナの影響で今までにない新しい問題が出てきてしまったので、その状況でバトンタッチはないだろうということで1年延びました。

ー 大変な1年でした。

はい。でも、今年度は一昨年までやっていたことができなかったので、逆に新連盟長が何か新しいことをやれるチャンスではないかとも思いました。1年間のブランクがあることで、新しいアイディアに対しての違和感はありませんから。そういう意味でも連盟長の交代は今しかないなと思いました。ただ、大阪城でやっている全国大会は、連盟ではなく実行委員会方式で行っていて、あれは早田個人のイベントなので、やり切ったと思うまでやらせてもらいます、と言いました(笑)。連盟の方へは自分を戒めて、一切口出しせずに、新体制の妨げにならないようにしていくつもりです。

楽しいと思える範囲でやるべき

ー 全国の新しく軽音楽部の顧問になられる先生方にメッセージを。

無理をしないでください、と言いたいです。部活動は課外活動なので、やらなければいけないものではありません。ご自分の趣味と合ったり、生徒のために引き受けることにしたとしても、教科指導とかのこととは全然違いますから、しんどくなったら一旦ストップしたら良いし、「仕事」になってストレスにならないように、ご家族のことも考えて、楽しいと思える範囲でやるべきだと思います。部活動の優先順位は後です。

ー 焦らないことが大切ですね。

例えば、まだ連盟がない県だからといって、必ず作らなければいけないものでもないし、ご近所の学校と発表会をしているだけで精一杯ならそこから先に進まなくても良いと思います。器だけ大きくして実体がないのもしんどいですし、気楽に着実に今できることを枯らさないようにとだけ考えてください。変に目標を決めなくても、続けていれば次のステップへの話ってくるものです。

「オワコン」になるかの岐路

ー 今後の軽音楽部の発展について、どう考えていらっしゃいますか。

プロ・ミュージシャンが日本中どこからでも生まれるように、音楽を好きになる土壌は全国同じだと思うんです。地方によって学校に通っているうちにどれだけ音楽に触れられるかだけの違いです。「軽音楽部はこういうもの」と決めつけてしまうことが発展を妨げることにつながります。例えば、昼休みに音楽を紹介する放送部も、良い音楽を広めたいという気持ちは一緒です。それに、映像を作ったりしていることもミュージック・ビデオを作るのと同じです。アニメ「けいおん!」が流行ったために、軽音楽部の形がバンドをすることだと固定化されちゃった気がします。でも、それはもうコロナで終わりです。密ですから。ある意味では良いきっかけだったんじゃないでしょうか。今後は、映像を含め「音楽作品を作る」といったクリエイティブなことも懐深く取り込んでいくべきだと思います。近い将来、軽音楽部の部員は誰も楽器を演奏せず、音楽理論を勉強してパソコンで音楽や映像を作って地域に配信…。そんな学校も出てくるでしょう。「軽音楽部」という名前は都合が良いんです。大ざっぱに解釈できるので音楽に関係することはなんでも取り入れられる。音楽が鳴っていれば全部軽音楽部です。放送部、ダンス部、インターネット・クラブなどを取り込んで、軽音楽部主導のもと新しい部活動になれば良いんです。実現には様々な問題はありますが、それが今の世代にとっての「音楽」なので、我々の方が軽音楽へのイメージを変えていかなくてはならないと思います。

ー ライブ・バンド部じゃダメってことですね。

楽器ができなきゃダメ、歌って踊ってが好きなら軽音楽部じゃない…って拒絶していたら、潜在的な需要を取り逃すことになります。むしろ、ライブ・バンド部を受け入れてもらえない学校は、「ミュージック・クリエイト部」に可能性を求めるべきだと思います。そのうちに、YouTubeを扱った部活動も出てくると思いますが、フォーク・ソング部を取り込めたように、それも軽音楽部は飲み込めます。かつては軽音楽部が一番新しく最先端だったわけですが、今は、10年後に軽音楽部が「オワコン」と呼ばれて学校の隅っこで活動するようになってしまうかの岐路に立っていると思います。

ー 革新的な意見ですが、同感です。

再任用で週3勤務なので、自由な時間が増えました。コロナが収まったら大好きなタイにロング・ステイしたいと思ってます。もしかしたら、10年後には軽音楽部の未来をタイからインターネットで眺めているかもしれませんね。

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