哲学と生と死

昔から「哲学」に興味がありまして。…と言っても、専門的に勉強したり本を読み漁ったりしたわけではなく、単に「哲学って何?」という低レベルの興味です笑。数学や天文学、考古学といった学問は、なんとなく何を研究したり学んだりしているのかが想像つくのですが、哲学って一体何を学問してるのか…。そこがまず興味を持った最初だと思います。以前テレビでどこかの大学教授が「考えること、それが哲学です」というようなことを仰っていて、ほぉ~と感心したことを覚えています。いろいろとあれこれ考えを巡らすことが好きな自分には、哲学者気質があるかもしれません。ちゃんと大学で専攻したりしたら、意外にのめり込んだかもなぁ~なんて思ったりして。あ、無理か。そもそも勉強が苦手でした笑。

前述の先生はこうも仰いました。「最も原始的な最初の哲学は『死』に対してでした」と。人(あるいは動物)が死ぬってどういうことなのか。さっきまで動いていた人がパタッと動かなくなる。これは何だ⁉︎どーゆーことなんだ⁉︎ と理解したくなります。本当に「魂」みたいなものが宿って(←この言い方が象徴的)いる時は生きていて、抜けると死ぬ…そう考えるのが普通な気がします。これは、古代エジプトでも見られる概念です。魂が帰ってきた時のために入れ物である体をミイラにしておいたり、天に魂を運ぶ船が必要だと考えたり…。多くの宗教で、死後に生前の行いがジャッジされて、天国(極楽)行きか冥界(地獄)行きを決めるとか、魂は輪廻して生まれ変わるなんていうシステムや、お盆に故人が帰ってくるとかの発想も、魂の存在ありきのイメージです。やっぱり、人間が死者との別れを和らげる手段の1つだったのでしょうか。また会える、っていう希望を持つだけでそこそこ楽になれますからね。

先生によれば、死について考えたら、今度は「生」について考えるようになったとのことでした。「生きてるって何?」「なぜ生きて、死ぬの?」「じゃあ、どう生きることが正解?」となり、精神論や倫理観、そして自然、物理、ひいては宇宙論へと「哲学」は進んでいったのでしょう。神学や宗教、物理学、心理学などの様々な学問とはちょっと違った角度から物事を見ている感じが、哲学を面白そうだなぁと思う1番の理由かもしれません。きっとソクラテスやプラトンはじめ世の哲学者は、天邪鬼のへそ曲がり、理屈っぽい嫌なオッサンだったのでしょうね。おっと、それって自分のことでじゃないですか(笑)。やっぱり哲学者に向いているのでしょうかね。なにせ、もう「哲学」のことを哲学していますから。(2021/05/28)

 

辻伸介:全国学校軽音楽部協会副理事長/ドラマー/サウンド・プロデュース&ディレクション/専門学校ESPエンタテインメント東京講師/ライター◉藤子不二雄と手塚治虫の蔵書は1500冊以上/昼寝うたた寝愛好家/古代史&日本史好き

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