広島県高等学校軽音楽連盟事務局長 桒本 潤先生

来年の7月末、全国で初めて、全国高等学校総合文化祭の協賛大会として軽音楽部門の演奏会が広島県で開催されます。広島県から始まり、数年間は高文連に軽音楽専門部のある県が続きます。このことは軽音楽部の地位向上や全国組織化を推進するにあたって大きなチャンス、大切な一歩になると思います。そんな大役の受け皿となった広島県高等学校軽音楽連盟の軌跡と今後の展望などについて、さらには来年の総文祭のことなどを事務局長の桑本先生に伺いました。(2015/6/DiGiRECO.JR VOL.7 掲載)

広島県高等学校文化連盟軽音楽専門部〜その軌跡とその後の展望

ー 連盟の設立の経緯について

桑本:非公式な組織として、自分たちだけで軽音楽連盟と名乗り始めたのは11年前だと思います。その時は各高校のやる気がある生徒たちが集まって「どんな大会をやろうか?」というところから始まりました。その時点で年に3回は集まり、いろいろな相談をしていました。広島県の南区民センターや青少年センターのように、無償でホールをお貸しいただけるところにお願いして、大会を始めたのが一番最初です。

ー 桑本先生が中心になって始められたのですか

桑本:元々の発案者は、南区民センターの川本さんです。当時はそこまで積極的に軽音楽部に関わってくださる高校が少なかったんです。ただ、私の性格的なこともありますが(笑)、生徒たちが私の知らないところで勝手に何かをやっている、ということが気になってしょうがなかったんです。毎日どんな活動をしているのか、何かよそで迷惑をかけているのではないかとか…。当時は軽音楽部に対して無関心な高校も多くあり、生徒たちは校内に練習する環境がないので、仕方なく校外に出ざるを得なくなり、発表の場がないからライブハウスを借りるしかありませんでした。ですので、当然、生活の時間帯も遅くなります。きちんとした会場を貸してもらえないので、ライブハウスを使う。すると、お金がかかるので、ノルマが発生したり、チケットをなくしたとか、チケットを売られた、などのお金のトラブルが起きてきます。そんなことがあるから、余計に先生方から軽音楽部は疎まれて…。学校側にしても、軽音楽部にしても悪循環の連鎖があったんです。

ー 軽音楽部によくある話ですね

桑本:はい。私が顧問になって1年目だったと思うのですが、その前は運動部の顧問をしておりましたので、何をするにも顧問が生徒と関わるのは当たり前だと思っていました。ところが、生徒たちが外に出て、よその高校の生徒とライブハウスを借りて、ライブをやろうとしているらしい、ということを耳にしたので、顧問である私は「そんなことは聞いていないよ」ということがありました。そこで、生徒たちはどんな話をしているのだろうと思って、皆で集まって、初めて合同ライブをやろうというところに顔を出してみたんです。それが南区民センターでした。

ー そこで南区民センターが出てくるわけですね

桑本:そうなんです。それで川本さんという方にお会いして話をさせていただきました。川本さんはご自分でも音楽をやられていた方で、青少年の育成事業の中で音楽を活性化させたい、という想いを強くお持ちでした。「それじゃ、うちのホールを貸してあげるから皆で集まってライブをやったら良い」ということをおっしゃっていただき、各学校の代表者を集めていただきました。そこに私がお邪魔してお話をしている中で、「やるならちゃんとやりましょうよ、組織も作りましょうよ」ということになり、勝手に軽音楽連盟を名乗ることから始まりました。そこから2人で一緒に、大会は何回やるかとか、会議はどういう形にするかなど、ゼロから相談しながら始めました。

ー 10年前なら大阪や宮城には連盟がありましたよね

桑本:はい。宮城県の津村先生とはお会いしたことはありませんが、メールのやり取りでアドバイスをいただいたり、とても励ましてもらいました。調子に乗って、高文連の事務局校に申請を出しても突っ返されたり、門前払いになることをずっと繰り返してきました。私が軽音楽部の顧問になった最初の年に軽音楽連盟を立ち上げましたし、来年は軽音楽部として初めて総文祭が広島県でありますが、何か不思議な因縁を感じています。本校が2年間、高文連の事務局校やっていた時に「広島県での全国大会の開催を目前に控えているから、県の教育委員会も賑やかにやりたいので、部門の数を増やしたい」ということで、軽音楽部門の新設が認められたという経緯があります。申請が通って、専門部になった次の年に県教委の担当の方も変わりましたが、今でも軽音楽部に対して熱心で、総文祭の協賛部門に出ましょうよ、と向こうからお話をいただきました。私自身、軽音楽部に関わっている年数も長いのですが、ここぞという要所でいろいろなタイミングがうまく合ったという印象があります。広島県の軽音楽連盟は順調に進んできたので、他の都道府県に比べるとラッキーだったかもしれません。

ー 最初は何校くらい集まったのですか

桑本:最初は10校程度でした。今は20校を超えました。今も徐々に増えている状況です。公式な専門部になってからは、きちんと連盟の公印を押した大会実施要項が出せるようになったので、先生方も出張扱いで生徒を引率できるようになり、さらに存在感が増しました。それまでは、軽音楽連盟という任意の組織が勝手に大会を開催しているという認識でした。非公式な軽音楽連盟を立ち上げてから高文連の軽音楽専門部になるまで7年かかりました。それまでにいろいろありましたが、それでも広島県は順調に進んできた方で、ラッキーだったと思います。

ー 初めての総文祭へのプレッシャーはありませんか

桑本:東京の片桐先生に、「初めてなんだから好きにやってみれば良いんじゃないの。それをモデルケースとして、我々が進化させていくから…」と優しいアドバイスをいただきました。それを聞いて、「少々失敗しても良いんじゃないの」と高をくくってからは気が楽になりました。非公式な連盟の時から大会運営だけは私自身もやってきましたので、いつも通りの大会の運営で、ただし、出演者が広島の生徒だけではなくなる、という発想です。最初は各地から来られる方々の宿泊のことまで考えなければならないのかと不安でしたが、そのあたりは県の教育委員会が担当してくれるそうなので、我々は大会運営だけに集中すれば良いのかな、と考えています。

ー 連盟のこれからの展望は

桑本:非公式な軽音楽連盟の時よりも、正式な軽音楽専門部になってからの方が加盟校が増えています。最初の頃は加盟校から加盟料が支払われないということもありましたが、今はそれもなくなりました。それだけ認知されてきたのだと思います。しかし、ある時期を境にピタッと増えなくなりました。軽音楽部のある高校はもっとたくさんあるはずなのですが…。年度のはじめにはすべての高校の軽音楽部に郵送で要項を送っていますが、それが顧問の先生の手元まできちんと届いているのか、それが開封されているのかはわかりません。顧問会議の方も、先生方にご理解をいただけるようになって出席率は良くなってきているのですが、やはり軽音楽部の顧問だけをやられている先生は少ないと思いますので、忙しいというところもあると思います。例えば、生徒の引率まではしても構わないけれど、連盟の運営にまでは時間を割けないという高校も少なくありません。本校には軽音楽部の顧問が3人いますが、私以外の先生はソフトテニス部や吹奏楽部とかけ持ちされています。ですので、軽音楽部の顧問だけをされている先生のいる高校はあまりないのかもしれません。私が軽音楽部を単独でやれるのは本校の校長が軽音楽部への理解が大きいからです。

ー 学校側の理解というのもなかなか難しいところですね

桑本:本当はもっと賑やかな大会にしなければいけないと思っています。広島県は東西と横に広い土地ですので、いつまでも広島市だけでやっているのは限界があると思います。岡山県に接している福山市にも軽音楽部のある高校がたくさんあるはずですが、参加がないのは、やはりわざわざ1時間も電車で広島市まで行くのは難しいということなのかもしれません。これからの我々の課題は活動の範囲を広げて、加盟校を増やしていくことです。場合によっては東部や北部などの地区を設けて、いくつかの部署ができていけば良いな、というのが今後の目標だと思います。世代も変わってきて、軽音楽部の大会にも他の部活と同じように親御さんが見に来て応援してくださるようになってきました。軽音楽部が「部活動だ」と認識していただけるのも、もう少しだと思います。

ー 来年に向けて、どういう動きをされていますか

桑本:来年の大会に向けて、運営委員会を9名の組織でやってきました。その9名の方も我々が声をかけるのではなく、県の教育委員会からきちんと各高校の校長に打診がいき、校長及び本人の承諾が取れた方が運営委員として選出されました。そこに到達するまでに時間がかかりましたが、何とか教育委員会の協力で9名が揃いましたが、この3月に異動や軽音楽部の顧問から外れたなどで3人が出て行かれてしまいました。ですので、今は運営委員の組織作りのやり直しをしているところです。ゴールデンウイーク明けに本年度の第1回目の運営委員会を開いて、やっと大会をどうやって運営していこうか、ということに気が回り始めたところです。今までは会場を押さえたり、日程をどうするとか、要項を早く完成させなきゃいけないという状態でした。先日、全国楽器協会というところからお話をいただきまして、大会で使う楽器の提供をしていただけることになりそうです。そんなこんなで、ようやく具体的な話が進み始めており、今年秋のプレ大会から本格的に実行に移していく予定です。

ー 運営の組織づくりはどうされるのですか

桑本:生徒から役員を募ります。東京や神奈川の先生には珍しいと言われましたが、今、普通にやっている大会は、ほぼすべて生徒の執行部が回しています。これは非公式な連盟の時からの伝統で、すべて生徒たちが仕切ることになっています。例えば、バンドを連れてきて楽屋に送り込む招集係であるとか、転換時の手伝いをするセッティング・チームであるとか、照明や音響も自分たちでやるように指導中ですし、受付をやったり…と、いろいろなことを執行部でチームを作り、各高校から1名ずつ出してもらい、タイムテーブルを組んで順番にやってもらっていました。今までは何とかそれでやってきたのですが、初対面の生徒たちがいきなり集まっても、うまくことが運ばないところがありました。とりあえずは何とかなっていますが、うまく回らないことがありました。そこで、次回のプレ大会や全国大会は高校単位に担当を決めさせていただき、この高校は受付を担当、この高校はセッティングを担当という風にしていけば、事前のレクチャーもしやすくなると考えて、今は原案を相談しながら、組織づくりをしているところです。

ー 各都道府県から参加するには

桑本:きちんと高文連の中に軽音楽専門部のある都道府県からの参加ではないと難しいと思いますが、それでは10県(10バンド)前後の参加にとどまります。一方で、東京都と神奈川県で開催している夏の全国大会のように音源審査枠はその選出にかなり労力が必要な上に、何かあった場合の責任の所在が不明確になります。そういう点を考慮して、きちんとした名前のある組織が送り出したバンドを受け入れる体制を取りたいと考えています。高文連の軽音楽専門部設立準備委員会のような任意の組織であっても、各都道府県の代表として認められれば受け入れたいと思います。各都道府県の教育委員会を通して、広島県に参加申込書を提出していただければ、こちらは受け入れたいと思います。最近、立ち上げたばかりの任意の組織でも、まだ開催までに1年ありますので、それまでに準備や根回しをしていただければと思います。

ー 大会の要項はいつ頃、出来上がりますか

桑本:今、具体的な話を進めていますが、最悪は新年度になってからになるかもしれません。広島県の教育委員会が作っているタイムテーブルもそんな流れになっています。基本的には各都道府県で代表バンドを選出して、送り込んでいただく感じになります。規模的には20バンドくらいの参加を想定しています。詳しいことは各都道府県の軽音楽専門部に聞いていただければ、わかると思います。要項にも「原則として1バンド、参加校の多いところは個別に相談しますので、広島県の担当者に問い合わせてください」と記載される予定です。

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