聖和学園高等学校/明成中学高等学校 軽音楽部指導員 津村経夫先生

今から16年前…。まだ「ロック=不良」というイメージが残る時代に、高等学校軽音楽部の活動や校内での地位を向上させようと、熱い想いを持った顧問の先生が奔走されていました。全国で初めて高等学校の軽音楽部を横断的に組織化、全国高等学校文化連盟に参加されました。その後、神奈川県の軽音楽連盟の組織化の手伝いをされた伝説の人物であり、現在は聖和学園高等学校や明成中学高等学校で軽音楽部の指導をされている津村先生に当時の様子やこれからの展望を伺いました。

(2014/3/DiGiRECO.JR VOL.2 掲載)

軽音楽連盟の発足当時を語る

ー 軽音楽部との関わりはいつ頃、始まったのですか

津村:平成8年に白石女子高へ赴任した際に軽音楽部の顧問になりました。ちなみに、前任校では吹奏楽部の顧問を担当していました。部員数が少なく、楽器に偏りのある吹奏楽の譜面ではまとまったハーモニーが得られないため、少人数のポップス譜を使って、野球部の応援と文化祭での発表をさせていました。

ー 当時と今では、軽音楽部を取り巻く環境は大きく違うと思います。社会全体や生徒の生活態度、校内の軽音楽部への視線など、環境の変化を教えてください

津村:軽音楽部の顧問になって申し送りされたのが、楽器修理の請求書の処理でした。バンドで演奏できる最低限のセットはありましたが、生徒会の予算は少ないし、なかなか部活動らしい活動はできていませんでした。当時、音楽関係の部活と言えば、合唱や吹奏楽、マンドリン、日本音楽(琴)で、軽音楽部は文化祭でも新入生歓迎イベントでもステージ演奏から外されていたんです。「どうでもいい生徒が入る部活だ…」というイメージを持たれていました。また、新入生が入部する部活動を選択する際も担任の先生や運動部の顧問は「四年大に行きたければ、軽音楽部には入るな」と公言していたなど、当時はひどい扱いでした(苦笑)。それでも、軽音楽部から現役で難関大学に合格した生徒がいたり、学年で成績トップの生徒が軽音楽部に所属していたこともありました。

ー 津村先生は全国で初めて高等学校の軽音楽部を横断的に組織化し、全国高等学校文化連盟(高文連)に参加されました。その後も神奈川県の軽音楽連盟の組織化の手伝いをされたと伺っております。そのあたりの話や、なぜ高文連に参加しようとしたのか、各地の軽音楽連盟に参加することのメリットは何かを教えてください

津村:「宮城県の高文連に軽音楽専門部を作ろう」と誘ってくれたのは小川先生という写真専門部の理事でした。そこに私と加藤先生、佐藤先生という志を同じにする3人が集まって、教師集団を作ったんです。最初は手弁当で集まる連盟を作り、作詞作曲の講習会などを開きました。それに並行して、小川先生が高文連の理事会において専門部設置に関わるすべての事務手続きに奔走し、本部から活動費をいただけるようになるまで働いてくれました。

その後、小川先生は写真専門部から離れることができないため、私がその後を引き受けることになったのですが、小川先生が提唱して始まった軽音楽専門部は、できてみれば全国47都道府県で最初の軽音楽専門部となったわけです。宮城県に軽音楽専門部が設置されたことで神奈川県の私学の軽音楽連盟の顧問の先生方から声をかけていただき、専門部設置の有用性を説明するために神奈川県までお邪魔しました。神奈川県の先生方とは意気投合し、「軽音楽部」という部活動の将来を熱く話し合ったものです。その後、神奈川県の先生方のお力もあって、神奈川県はほどなく、続いて長野県、東京都と設置され、岩手県を含めて5県に広がりました。

高文連専門部のメリット

①大会への参加が容易になる

高文連に専門部を持つということは、専門部主催行事は加盟高等学校の校長が了解している行事と同じ意味になります。専門部の部会長は校長先生が校長会で割り当てられるからです。従って、この行事への生徒の参加は教師が必ず引率することで認められることになります。これが任意の団体のイベントであると、「公の大会ではないから…」と派遣を断られることになるので、大きな違いになります。専門部であれば、授業日であっても大会に「公認欠席」という形で参加できます。技術講習会などでは、ギターやベースなどの楽器演奏に関わる知識や技術を教わることができますが、これも他の生徒が授業をしている時に「公認欠席」という形で参加できるようになるのです。

②大会運営費が高文連事務局本部から交付される

本部から活動費が貰えるので、生徒からの徴収を抑えて大会を設定でき、参加する多くの生徒がお互いに交流することが可能です。それが生徒にとっての大きな目標にもなります。

③全国大会の可能性が高まる

現在は高文連の全国連に軽音楽専門部を設置しようと、東京都の片桐先生をはじめとする新たな動きが始まっています。これは毎年各県で持ち回り開催している高文連全国総文祭において、「軽音楽全国大会」を開催することを目標としています。他の県でも専門部設置を進めていただき、全国連での軽音楽専門部設置の申請が早くできれば、「全国大会」が実現できるものと期待しています。

ー 高等学校にはいろいろな部活動がありますが、軽音楽部が他の部活と一線を画するものは何かありますか。ボク自身は「チームワーク」や「コミュニケーション」の育成に最適な部活動だと考えています

津村:軽音楽部は自分たちの演奏場所を自分たちで作り、運営する「舞台の総合芸術」を学習できる、他に類を見ない部活動です。軽音楽部ではステージで演奏することだけでなく、自分たちの演奏場所を自分たちで創造し、運営することが1つの目標です。ステージを作り、楽器を備え付け、照明をつけて、それらをコントロールし、台本を作り、司会をし、ポスターやプログラムを作って運営する。受付では声をかけて挨拶をし、リハーサルでは舞台監督が流れを仕切る。それらのすべてを軽音楽部の生徒が役割を分担することで、部活や仲間、ステージを大切にする心を育てることができます。

軽音楽のステージは自分との真剣勝負です。大きな音量、眩しいくらいの照明、自分と素直に向き合うことが要求される究極の場と言え、ステージでの演奏は人生観が変わるぐらいの経験になります。だからこそ、普段あまり練習しない生徒もステージの上に引っ張り出し、眩しくて客席が見えないくらいの照明を浴びせ、出したこともないような大音響で音を出させたいのです。自分がステージに上がって演奏している間中、スタッフがPAや照明、運営を管理している社会が存在することを教えています。ましてや少人数のバンドであれば、音や声を自分が管理しなければならないことを実感できるのです。その仕掛けを作るためのすべてのパート(演奏者、舞台監督、舞台音響、PA、照明、MC、全体の運営、スタッフ管理など)が軽音楽部での「学習」となり、1人1パートを担う主体性や平等意識は「チームワーク」を支え、自分の意見を主張し、お互いを尊重し合う「コミュニケーション力」を育てることができるのです。

ー 津村先生が洋楽ロックを勧める理由や「これだけは聴いておけ!」というアルバムを教えてください

津村:私が最初にラジオで聴いた曲は「ルート66」と「ロック・アラウンド・ザ・クロック」でした。中学2年生の時に聴いた初めての洋楽です。その後、ベンチャーズが流行り、シルビー・バルタンをはじめとするヨーロッパ・ポップスやモダン・ジャズの世界を経験してきました。それから、アート・ブレーキーやサッチモ、マイルス・デイビスにジョー・ザビヌル、バディー・リッチなどなど…。ショックだったのはジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックス、サッチモ、オーティス・レディングの死です。

デューク・エリントンなどのビッグバンドなどを聴いて、その後、GS(グループサウンズ)やフォークをはじめとしたJ-POPの流行はありましたが、いつも洋楽との違いを意識していました。今、考えてみても世界中の楽曲に大きな影響を与えたのは「ハードロック」だと思っています。中でも、ヘヴィメタルというジャンルではディープ・パープルやレッド・ツェッペリンを起点とする流れとブラック・サバスを起点とする流れがあります。この3つが大きな流れなんです。後にディープ・パープルはホワイトスネイクとレインボーの流れを作ります。ブラック・サバスはオジー・オズボーンの時代とロニー・ジェイムス・ディオの時代に分かれます。この他で特徴的なのが、ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、クイーン、キッスにAC/DC。そして、今一番元気なメタリカ。スタイルを変えないロックンローラーであり、カリスマ・ベーシストのレミー・キルミスター率いるモーターヘッドなどはぜひ聴いて欲しいですね。都会派のボン・ジョヴィやヴァン・ヘイレン、そして、パンクやグランジにも寄り道してみると、確実に音楽に対する考え方が深まってくれるものと思います。何よりこれらの曲を知ったり聴いたり、演奏すれば、大人との話題が増えること間違いなしです。

ー 津村先生にとっての「ロック」とは

津村:ロックは「前に進め(前に向かって生きよ)の教え」だと思います。別の表現をするなら、「前を向いて、前に進め。倒れる時も前に…」です。たぶん、どれだけ人間をしてきたか、どれだけ一生懸命に生きたか、それが一番大切なことだと思うのですが、それは自分が一番わかっていることです。「他人がどれくらいやったか?」などと比較するのとはまったく異なります。ステージに上がった時に、自分ができなかったことを思うのではなく、自分の力でどれくらいできたかを思えるように部活に励むこと、勉学することだと思います。生徒諸君と先生方が一緒になって学校の部活動に励むこと。全国約1,800校の軽音楽部に平均で約60名の部員がいるとすると、約10万人の軽音楽部員が意識を新たにして活動していると、すごいことができるはずです。まぁ、そんなことを考えていると自然に熱い気持ちになれるでしょう。きっとそれが「ロックし始めた」ということなのです。

ー 軽音楽部の顧問の先生方に一言、お願いします

津村:昔に聴いていた曲を探して、生徒と一緒に歌ってみるくらいに生徒と遊んでください。まずは歌本を買ってみましょう。新入生が軽音楽部に入る時には「自分もギターを持って、弾き語りくらいしたい!」という願望があることを理解してください。ギター・コードなどは2か月ほど頑張れば、誰でもある程度は歌いながら弾けるようになります。そのためには、4月にやらなければならないことがたくさんあります。

①新入生に「入部のしおり」を作っていますか

まだなら、そこから始めましょう。学校のルールや部活のルール、アンプの扱い方やギター、ベースの基礎練習などの内容をしおりに組んでおきましょう。3月末には新入生のためのしおりの作成と印刷、製本は新2年生の役割です。この時期にしおりを作ると、新入生に指導する内容が理解されるので安心です。

②新入生に課題曲を用意していますか

課題曲があると、卒業した先輩が部活に遊びに来ても一緒の話題となり、何と言っても毎年、顧問のわかる曲から指導ができるのでとても安心です。創設期の小川先生はなんと「東京ブギウギ」を、私は「カリフォルニア・ドリーミング」を課題曲にしていました。私がオススメするこの曲はコード進行も簡単です。ゆっくりなペースで、途中にフルートの間奏がありますが、キーボードで代用可能なほか、ギター・ソロも鍵盤ハーモニカでもできます。また、ボーカルが2人で掛け合うなど、すべての要素が詰まっている初心者用の名曲です。そのような曲を選んで、顧問と一緒に1年生とコミュニケーションを取って欲しいものです。生徒任せにして勝手にバンドを組ませると、そのうちに外部でライブをやり始めます。

③練習の成果を発表する会を設定していますか

月に一度の部内ライブ、2ヶ月に一度の校内ライブ。文化祭の計画。文化祭では発表の場を自分たちで作り、自分たちで運営する独立の場所が欲しいですね。それを確保するために顧問は職員会議で、生徒は生徒会で主張する必要があります。ライブは生徒に目標を持たせるためのもの。ほったらかしにしておくと校内では満足できなくなり、生徒は簡単にライブ会場に走り、チケット販売のトラブルで生徒指導上の問題で活動停止に陥ることもあるからです。

ー 軽音楽部の生徒に一言、お願いします

津村:わかりました。

①顧問に内緒の自分勝手な外ライブはしないこと

外ライブをするのが軽音楽部の姿であると思っていませんか。それは大きな間違いです。外バンドを組むのも間違いです。それをしたければ、部活を辞めましょう。軽音楽部ではそんなことは必要ありません。例えば、野球部でレギュラーになれなかった人たちでグループを組み、どこかの大会に出るようなことがあるでしょうか。また、バスケットボール部でBチームの出番がないからと、顧問の知らないところで試合をやりますか。それはないでしょう。なぜ軽音楽部だけが外のライブ会場で勝手にライブをして、しかも、経費を浮かすために校内でチケットを売るのでしょうか。このようなことをしている部活は、先生方から相手にされなくて当たり前です。健全な運営を目指す軽音楽部の先生方の集まりからも相手にされないでしょう。部活動なのですから学校内で練習できる幸せを噛み締めて、時間を有効に使い、赤点を取らずに練習に励むのです。好きな部活動に取り組み、苦手な学習にも取り組む。それが高校生の姿です。

②顧問の先生を大切にすること

顧問の引率がなければ大会には出場できません。顧問の先生を大切にしましょう。たとえ顧問が音楽に疎い先生であっても、健全な部活動として「部」のまとまりを大切にして、チームメイトを尊重し、顧問の先生とよく話し合って部活動を前進させるように努力しましょう。

関連記事

ページ上部へ戻る