リバティーな作詞作業

自分はドラマーなのですが、先日、講師をしている音楽専門学校の「作詞」の授業を代講することになりました。まったくの畑違いですが、テーマを与えて学生に書かせるだけだと言うので引き受けた次第です。初めは、それって授業として成り立っているのかなぁ、と余計な詮索もしてしまっていたのですが、やってみるととても大事で意味のある授業だと感じました。

そもそも作詞をはじめとした創作活動は気分に左右されがちです。する、と言い切っても良いかもしれません。ブラブラと散歩しながら考えたい人、個室に1人閉じこもって絞り出したい人など、千差万別だと思うのです。もちろん、その前に今書きたいかどうかもあるでしょう。作詞に限っても、楽器を使ってメロディーと一緒に考えるのが好きな人、先にメロディーやコード進行などがある程度固まってから歌詞をつけたい人など、それぞれ好きなやり方があると思います。それを、毎週決まった時間に決まった教室で、気分や環境など関係なくやらされる…。なかなかシビアです。しかも、題材は自由ではありません。こちらが提示したテーマや条件に沿って書くわけですから大変です。さらに、当然ながら作文や詩ではなく「歌詞」として構成しなければいけません。Aメロ、 Bメロ、サビ、1コーラス目、2コーラス目などの流れを作り、母音子音、韻を踏むなどの「音」を意識しながら、伝わりやすくインパクトのある言葉や個性的な表現を選んでいきます。もう、いわゆる職業作家が仕事を受けたような状況です。そんなの創作じゃない。そう捉える方もいるかもしれませんが、孤高の「芸術家」になりたいのであればいざ知らず、プロのバンドやアーティスト、ミュージシャンも、大なり小なり同じようなことをしています。いや、そういった職業に限らず、社会人になればクライアントや上司の意に沿いながらも、新しいものを作り出したり、アイデアをまとめていくわけですから、みんな一緒です。

これも、「Freedom」と「Liberty」の違いのような気がします。創作活動はツイートやブログとは違います。ある一定の条件下の元で「自由」に創作することの訓練は、社会の一員になるために、誰にとっても大事なことです。「クリエイティピティー」という言葉が軽音楽部周辺ではよく使われますが、大事なのは、良いオリジナル曲を作り出すことよりも、みんなで意見を出し合いながら1つの作品を作り上げる経験をすることです。しかし、そこには当然ながら〆切や大会のレギュレーションに沿う…などの足かせが必ずついています。もちろん、音楽的におかしくないかも大きな条件です。まったくの自由ではありません。

短時間で書き上げた学生たちの歌詞をここで紹介できないのが残念ですが、様々な角度から様々な方法で歌詞を紡いでいく姿は、もう立派なクリエイターでした。感心、驚きの連続です。勉強になったのはこっちの方だった気がします。(2021/07/09)

▲自由の女神は、The Statue of 「Liberty」

辻伸介:全国学校軽音楽部協会副理事長/ドラマー/サウンド・プロデュース&ディレクション/専門学校ESPエンタテインメント東京講師/ライター◉藤子不二雄と手塚治虫の蔵書は1500冊以上/昼寝うたた寝愛好家/古代史&日本史好き

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