高校生のための音楽ライツ入門

軽音楽部の活動は好きなアーティストの楽曲をコピーして演奏したり、オリジナル曲を作ったりすることがメインです。何気なく、当然のように行なっていることだと思いますが、気がつかないうちにアーティストの権利を侵していたり、自分の作品が危険な目にあっている可能性があるとしたら…。そうならないためにも、軽音楽部での「音楽の権利」について、部活動の一環として考えていきましょう。

軽音楽部はクリエイター

「再現」と「創造」の違い

クラシック音楽は「再現の音楽」と言われています。楽器を演奏する人は、作曲者やコンダクター(指揮者)の指示通りに音楽を再現することが求められます。部活動でいうと、吹奏楽部やコーラス部はこのクラシック音楽のスタイルです。演奏したり歌っている楽曲は、ジャズのスタンダードだったり最近のヒット曲だったりしますが、プレーヤーが指揮者の指示や譜面通りに演奏するというスタイルは、まさにクラシック音楽の作り方と同じです。

軽音楽部は、その名の通りクラシック音楽とは別の「ポピュラー・ミュージック(軽音楽)」を土台にした部活動です。いろいろと違いはありますが、最も大きな違いは「部員が楽曲を作る」ということです。ポピュラー・ミュージックのプレーヤーは、作詞作曲をすることがごく当たり前なので、皆さんも軽音楽部に入部したりバンドを組んだ先には「いずれオリジナル曲を作る」と普通に想像していると思います。ここが他の音楽部と軽音楽部の違いです。学校によって例外はありますが、基本的に吹奏楽部やコーラス部の部員がオリジナル曲を作ることはありません。

軽音楽部は、その活動自体がクリエイティビティに溢れています。クラシック音楽が「再現の音楽」なのであれば、ポピュラー・ミュージックは「創造の音楽」なのです。

「創作物」が持つ権利

この世になかったものを新たに生み出すことは、とても素晴らしく凄いことです。1を2に膨らますことも大変ですが、0から1を生むことはそれよりも何十倍も特別なことです。軽音楽部の活動では、歌詞やメロディーを生み出すだけではなく、コード進行や各パートのフレーズ、いろいろなバンド・アレンジ、ステージでのパフォーマンスなどを自ら考えています。さらに、それを個人ではなく、バンドという単位のグループでコミュニケーションを取りながら行っていることは、他の部活動にはない、とっても凄いことなのです。

そんな軽音楽部には他の部活動にはない課題があります。それは「自分たちの作品は自分たちでしっかりと管理しなければならない」という点です。何かを創作した時に最も大事なことは「その作品はその人のオリジナルであり、他の誰のものでもない」ということです。「著作権」という言葉を聞いたことがあると思います。著作権なんてプロのアーティストの世界のことで、自分たちには関係のない話だと思っている人がほとんどだと思いますが、何かを創作したということにプロフェッショナルもアマチュアありません。皆さんがオリジナル曲を作った場合、その楽曲が作られた瞬間に、その作品は皆さんの著作物であり、皆さんが著作者となるのです。

創作物の権利を守ろう!

何だかおおげさな話になってきましたが、自分たちのオリジナル曲は自分たちでちゃんと管理していこうということです。皆さんにはオリジナル曲が自分のものだという「権利」がありますが、無防備にしすぎていると誰かに盗まれたり…なんてことにもなりかねません。高校生のうちからこれほどクリエイティブなことを行っている部活動は珍しいので、学校側ももっと皆さんの権利を護ることを考えなければいけませんが、その前にまず自分が生み出した作品は自分で護るという気持ちが必要です。

逆を言えば、皆さんが普段よく聴いているアーティストの楽曲も、当然誰かが創作したものなので著作権があります。お互いにこの世に生み出した作品には敬意を表して、創作物の権利を守っていきましょう。

自分の作品は自分で守ろう!

何かを生み出すことはすごいこと

皆さんのクラスにマンガを描くのが得意な友達はいませんか? 絵やイラストがうまく描けない人からすれば、それはもう神業のように感じられますが、マンガはただ絵がうまいだけで描けるものではありません。ストーリーやキャラクターを作ってセリフを考えたり、アイデアをより良く見せるためのテクニックや表現方法を身につける努力が必要です。

それはまさに、軽音楽部の活動でオリジナルの楽曲を作ることと同じです。試行錯誤しながら歌詞やメロディーを創作するということは、友達が描いたマンガと同じように、今までこの世になかった作品を新しく生み出すということであり、とてもすごいことなのです。

創作物は著作物

日本では、何かオリジナルなものを創作した場合、同時に「著作権」が自動的に発生します。「その作品はその人だけのものであり、他の誰のものでもない」という権利です。登録などの手続きは一切必要ありません。作品を創作すれば、子どもでも大人でも、プロでもアマチュアでも関係なく著作権は発生し、著作者の死後50年が経過するまで保護されます。

ポピュラー・ミュージックは、プレイヤーが作詞作曲をしたり、自分の気持ちや感情を表現することが当たり前な音楽なので、オリジナル曲を作るのが特別なことだと感じていない人がほとんどだと思います。だからこそ同時に「権利が侵される危険」に気づきづらく、例えば、自分の作品が無断で他人に使われてしまうという可能性も出てきてしまいます。

ニュースを見ていてもわかるように、残念ながら、この社会には良識ある大人ばかりではありません。他人が創作した漫画や音楽などを断りなく使ってお金儲けをしようと企んでいる人もいます。そういう人たちの言い分として「多くの人に見てもらえて、喜ばれるなら良いのでは」というものもありますが、勝手に作品を使われたつくり手からすれば、とても許せるものではありません。しかし、そんな人たちがいる限り、自衛の策を考えておくことも必要です。無防備すぎるのもそういった人たちを近づけてしまう原因になります。皆さんが一生懸命に作った作品の権利や創作者としての権利が侵されて、勝手に他人のお金儲けの手段として使われてしまった…なんていうことにならないように、あとで自分が無防備だったからだと後悔しないように、まずはそれぞれが著作権への意識を高めていかなければなりません。また、それは軽音楽部全体で考えていく問題でもあります。

部活動として対策を練ろう

録音&録画が簡単にできるようになった現代では、ライブの演奏を学校の資料用に撮影したり、保護者の方が記念に撮ってくれていることもあると思います。しかし、不特定多数の人が出入りできる会場の場合、誰が学校関係者で誰が保護者か区別はつきません。それこそマンガの中の話のようですが、演奏されたオリジナル楽曲を聴いた人が勝手にCD化して発売してしまう…なんてことも絶対にないとは言い切れません。勝手にインターネットの動画サイトにアップロードされた映像を見て、という場合もあるでしょう。そうならないために、ライブを行う時は録音・撮影の係をきちんと決めたり、事前にお客さんに無断撮影は禁止だとインフォメーションするなどの対策を取りましょう。

学校によっては、イベントや文化祭などでオリジナル楽曲の音源をまとめたCDや歌詞カードを配布するケースもあるようですが、必ず「無断複製の禁止」などの注意書きを添えておきましょう。それだけでも意に沿わない使われ方をされないための防御になります。

音楽は誰のもの?

音楽の一般大衆化の歴史

音楽は今や当たり前のように私たちの周りにあって、日々の生活に潤いを与えてくれる大切な存在です。しかも、気軽に音楽を聴いたり、作れてしまう現代では、音楽は私たち一般大衆のものだと言うことができると思いますが、こんな風に私たちが音楽に親しめるのは、長い歴史から見れば、ごく最近のことなのです。

クラシック音楽は、キリスト教の繁栄とともにヨーロッパ中に広がって、15世紀に花開きました。しかし、楽器を購入したり、演奏することは今よりもはるかに特別なことだったと思います。当時、活版印刷が発明されたのですが、「楽譜」という唯一の記録媒体は王侯貴族が独占していて、音楽は貴族や上流階級のものでした。反面、王侯貴族らの独占が楽譜の勝手なコピーの防止になっていた、とも言えます。

19世紀になって、アメリカで新たな音楽である「ポピュラー・ミュージック」が芽吹いてくると、ニューヨークに楽譜出版会社が集まって一般大衆向けに楽譜を販売したり、ミュージック・ホールで音楽を聴かせるようになりました。この頃には録音技術も成熟して、「レコード」という形で音楽が販売されたり、「ラジオ」が普及することにつれて、音楽はやっと私たち一般市民のものとなったのです。

しかし、誤解してはいけないのは、あくまでも「楽曲はその楽曲を作った人のもの」だということです。現代のように誰でも音楽が自由に聴ける時代になったとしても、「創作された作品はその作品を創作した人だけのもの」という原則は変わりません。音楽は皆のものですが、楽曲はその作者のものなのです。

音楽は「私」と「あなた」に

ポピュラー・ミュージックの原点でもある「ブルース」という音楽は、西洋の音楽理論や楽器の奏法にとらわれない、自分の言いたいことや感じたことを表現する音楽です。中でも「トラディショナル・ブルース」は、歌詞の主語が「私」であることが基本でした。クラシック音楽の様式にこだわらないブルースマンたちは、歌を歌うことも楽器を演奏することも自由に自分たちで行いました。オリジナル曲を作り、自ら歌い演奏することは、音楽が一般大衆化した最も大きな要因かもしれません。

また、「マイクロフォン」や「PAシステム」の発明によって、かつて歌はオペラ歌手のように大勢に向かって地声で朗々と歌うのが普通だったのが、目の前の人にささやくように歌っても聴こえるようになりました。そうした理由から、歌詞の対象が「皆さん」から「あなた」になっていったのです。

「現代」が抱える問題

楽曲を創作するだけではなく、録音したりCDなどのパッケージにしたり、全世界に配信することも簡単にできるようになった現代では、昔にはなかった問題も生まれています。自作した楽曲が配信やストリーミングで気軽に多くの人の目や耳に触れるのはとても嬉しいことですが、MP3などのデータファイルのやり取りが簡単にできるようになったことで、作者の許可なく勝手に使用されたり、違法にコピーされたりすることも増えています。これは音楽だけではなく、映画やドラマなどの映像、小説やマンガ、イラストのような著作物全般が抱える、現代の大きな問題です。

今や、パソコンやインターネットの普及によって音楽の大衆化が進んでいますが、進みすぎて「音楽は一体誰のものなのか」がわからなくなってしまっているような気がします。技術の進歩や時代の進化は素晴らしいことですが、作者の権利が侵害されやすくなっていることも事実です。音楽に携わることが多い軽音楽部の皆さんは、そういったことを理解した上でオリジナル曲の管理や、違法なコピーなどに注意しましょう。

楽譜にもある音楽ライツ

「印刷」と「楽譜」の歴史

世界三大発明、あるいはルネサンスの三大発明と呼ばれるものの1つが「印刷」です。実際には中国で発明され、ヨーロッパに伝来して改良されました。東アジアでは、紀元前2世紀頃に中国で「紙」が発明され、7世紀頃には木版印刷が行なわれていたと言われています。そして、11世紀には陶器活字による印刷、13世紀には金属活字による印刷が朝鮮に登場しています。ヨーロッパでは、1450年頃にグーテンベルクによって金属活字を用いた活版技術が発明され、印刷は急速に広まっていきます。

印刷技術がなかった時代の複製は「写本」でした。人の手で書き写していたわけですから、印刷は大変な発明と言えます。ヨーロッパで印刷技術が広まっていった経緯には「聖書の普及」があるようですが、それまですべて手書きで複製をしていた宗教音楽の楽譜も、音符用の活字が作られて印刷されるようになります。そのおかげで楽譜の値段は下がり、発行部数も飛躍的に多くなったと言われています。空気の振動である音楽に形はありません。録音技術のなかった時代には、音楽を保存して伝えるための唯一の手段が「楽譜」だったのです。時が経って18世紀になると、音楽の大量消費が始まり、印刷楽譜の需要が増えました。一般民衆が自由に音楽を聴いたり演奏できるようになってきた時代です。フランスで市民の権利が叫ばれるようになると、「著作者の権利」も問われ、保証されるようになりました。

現代でも楽譜は印刷して販売されていますが、データという形でダウンロードすることもできるようになりました。中世ヨーロッパとは状況がまるで違いますが、現在でも当然ながら楽譜には著作者の権利があります。なぜなら、今も昔も楽譜には作者が創作した「作品」が書かれているのですから…。民主主義の世界に生きる私たちにとって、楽譜にある著作者の権利を守ることはとても大事なことなのです。

バンド・スコアの正しい使い方

技術の進歩にともなって、音楽がデータ化されるようになった現代でも、軽音楽を演奏する私たちにとって楽譜は未だに重要なアイテムです。市販のバンド・スコアやインターネットのサイトを見てフレーズをコピーすることも多いと思いますが、すべてのパートが段譜になっている楽譜は、実はバンド練習に向いていません。楽器を演奏しながらページをめくることも大変だし、自分が今どこを読んでいたのかを見失ってしまいがちだからです。楽器やバンドの経験が増えて、耳でコピーできるようになってくると、バンド・スコアをどんどん使わなくなっていきます。面白いことに、楽器や譜面に慣れていない初心者ほど、バンド・スコアを見ながら演奏してしまうのです。

バンド・スコア自体を否定しているのではありません。バンド・スコアは、みんなで合わせる前の段階の個人練習時に使うべきものです。バンドで練習をする時に、段譜になっている楽譜を見てはいけません。ないと不安だという人は、購入したバンド・スコアから自分のパートだけを抜き出して「パート譜」を作りましょう。自宅などでの個人練習で使うのであれば「私的複製」にあたり、著作権法上の問題は生じません。コピー機で複製したものを切り取って並べ替えても良いし、自分でノートに書いていくのも良いでしょう。本当は五線紙を使って、コード・ネームなどと一緒に書き出していくのがベストなのですが、できる範囲から始めてみてください。

時代を逆戻りさせてはいけない

楽譜だけではありませんが、現代はインターネットの普及によって、様々なものを無料で見ることができてしまいます。しかし、著作者の権利を考えていなかった時代に逆戻りしてしまってはいけません。音楽は創作物であり、楽譜にも著作者の権利がある、ということをあらためて認識して音楽に親しみましょう。

音楽における「お金」の話

▲JASRACの管理楽曲の場合 音楽使用料の流れ。JASRACのホームページより転用

すべての音楽は誰かの「作品」

世の中には音楽が溢れています。それは、スマートフォンの中やコンサート会場だけではなく、コンビニやスーパーをはじめとした様々な店舗や商店街、駅の構内、病院の待合室、レストラン…など、街のいたるところから音楽が聴こえてきます。また、ドラマや映画、アニメなどを思い出してみてください。主題歌だけではなく、悲しい場面には切ないメロディーが、戦闘シーンでは勇ましい音楽がその場面を盛り上げています。バラエティー番組やテレビ・コマーシャルなどでも、よく聴けばいろいろな音楽が流れていることに気がつくでしょう。

音楽とは、いわゆる「楽曲」として販売されているものだけではありません。駅のホームの発車メロディー、コンビニの入店時に鳴るメロディーにいたるまで、それらはすべて「音楽」であり、誰かが作ったものです。あまりにも日常過ぎて考えたことがないかもしれませんが、スーパーに流れている音楽も、ニュース番組で流れる音楽なども、すべて「作品」です。アーティストの楽曲や主題歌として書き下ろされた楽曲は、著作者がいることをすぐに想像できると思いますが、前述した生活の場で流れる音楽も、当然誰か音楽家が作った「著作物」なのです。「ミュージシャン」というと、メジャー・アーティストばかりを思い浮かべがちですが、知名度だけがクリエイターの物差しではないということです。

「印税」と「二次使用料」

皆さんの中には誤解している人がいるかもしれませんが、「著作権」というものは、人が何か作品を生み出した瞬間に発生するものです。作ったものに対する「権利」と言われると、なんとなく「特許」や「商標」などのように、どこかに登録をしないと権利が発生しないものというイメージがあるかもしれませんが、それは間違った認識です。例えば、プロ・ミュージシャンではない皆さんが作ったオリジナル楽曲も、新しく世の中に生まれた作品であり、作った時点で既に著作権は発生しています。

プロ・ミュージシャンは「仕事」として音楽を作ったり、演奏することによってお金を得ています。プロの料理人がお店のメニューとして食事を作って売っているのと同じです。プロ・ミュージシャンは、作品をCDやインターネットでの配信などによって販売し、出荷数や販売数に応じて複製にかかる「著作物使用料」が支払われます。いわゆる「印税」と呼ばれるお金です。

他にも、録音された音楽がテレビやラジオなどで放送されたりすると「二次使用料」が発生します。同じように、皆さんが歌ったカラオケの楽曲にも、喫茶店でお茶を飲んでいる時に流れている音楽にも使用料が支払われています。お店が支払っているので、その感覚は薄いかもしれませんが、ミュージシャンが作った「著作物」を使用する場合には、使用の許諾を得ることと使用料の支払いは当然のことです。

下町の中小企業が技術力と努力を実らせて、大手メーカーに負けない国産ロケット用の部品を作り上げる…というテレビドラマを見た人もいるのではないでしょうか。この世に新しいものを生み出すということは、努力の末に作られる、とてもすごいことなのです。

インターネット時代の音楽

1980年代、CD(コンパクト・ディスク)の登場で音楽がデジタル化され、半永久的に再生可能で複製しても劣化しなくなりました。そして、現代ではCDというパッケージではなく、データとしてインターネットで1曲ずつ音楽を購入したり、ストリーミング配信で音楽を聴くようになってきています。欧米では既にストーリミング配信は一般的になってきているようですが、日本でもストリーミング配信がもっと広がれば、映画や漫画などと共に、音楽を「所有」しない時代がやってくるでしょう。

しかし、いかに音楽の聴き方が変わろうとも、その音楽は誰かが作ったもので、その作り手に著作権があるということは変わりません。

音楽ライツの現在とこれから

文明の発達とメディアの変化

文明の発達は人類に何をもたらしたのか…。なんて、いきなり難しい話から入りましたが、そんなに難しいテーマではないので、軽い気持ちで読んでください。

有史以来、緩やかにカーブを描いて発展してきた我々人類の文明は、18世紀にイギリスで起きた産業革命以降、急速に発達しました。専門家によると、成長を表すグラフの線がほぼ垂直になってしまったくらいだそうです。簡単に言うと、この250年ほどで数千年分の発展をしているとのこと。ご存知のように、石炭や石油などの資源エネルギーの開発、電気の発明に始まるコンピューターやインターネットの発展などは世界を大きく変えました。

今年の5月には30年続いた「平成」が終わり、元号が新しくなります。10代の皆さんにとっては、30年前のことなんて信じられないくらいレトロな世界に感じられると思いますが、例えば、30年前はそれまでに発売されていた「レコード」がどんどん「CD」化されていた時代です。出かける時には数枚のCDと携帯用のCDプレイヤーを持ち運ぶ人も多く、もっとコンパクトにしたい人は「カセットテープ」や「MD」というメディアに自分で録音したりしていました。そうしなければ、外で音楽が聴けなかったのです。今のように音楽をダウンロードしたり、ストリーミングで聴くようになるなんて、当時は誰も思っていませんでした。スマートフォンはおろか、携帯電話ですら、ほとんどの人が持っていなかった時代ですからね。

著作権を守ることは文化の尺度

コンピューターやインターネットが世界中に広がることになったキッカケの1つは「データ化」です。コピー機やファックスが登場した時も世界に大きな変革をもたらしましたが、現代のように写真や書類をデータという媒体で保存して送受信ができるようになるなんて、30年前から考えると、まさに夢のようです。そうやって急速に発展している私たちの文明ですが、逆に言えば、今後どんな世界になっていくのか想像もつかず、恐ろしくもあります。

文明の発達は、言い換えれば「発明」「創作」「イノベーション」の積み重ねだとも言えます。数えきれない人たちの新たなアイデアと、それを生み出す努力によって今の世界があるのです。その発想と努力に対して「権利がある」とみんなが思ったのも当然でしょう。著作権を守ることは、その国の文化の尺度だとも言われます。国内外問わず、アニメのキャラクターやバッグのデザインなどの違法コピーに関するニュースを聞いたこともあるでしょう。他にも、絵画の贋作や写真に写る人物の肖像権、特許に関することなどの世間を騒がす事件も未だになくなりません。

話を音楽に絞ると、楽曲を作った作曲者、歌詞を書いた作詞者、音楽としてまとめた制作者、音楽を世の中に出した出版者、演奏したプレイヤーなどには「この楽曲は自分のものである」という権利があります。しかし、音源も楽譜もデータ化によって複製が簡単に、劣化せずにできるようになった現代では、まるで便利さと引き換えに、文明人としての民度を計られているような気さえします。

軽音楽部だからこそ

創作と複製は軽音楽部の活動に必要不可欠なことです。軽音楽部は既存の曲を演奏します。自分で購入した楽曲を聴かせたり、演奏することは問題ありませんが、例えば、メンバー間で音源や楽譜を無断に複製して配ってはいけません。もちろん権利者の許可なくお金を取って演奏することも、録音して誰かに売ることも違法です。学校という教育機関の中では許容されていることもありますが、誰かが作った作品には著作者の許可や使用料の支払いが必要なのは当然です。オリジナル曲を作っている人であれば、自分の作った楽曲が無断で使われていたり、お金を取っているなんて聞いたら、どう思うかを考えてみれば、わかると思います。

「音楽ライツ(権利)」に関する法律は複雑で難しく、時には堅苦しく面倒臭いルールに感じるかもしれません。しかし、著作権は法律である前に、私たちの生活を豊かにしてくれる「文化の一端」であり、軽音楽部だからこそ大事なのだということを忘れないようにしましょう。未来の文明は皆さんが作っていくものなのですから。

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